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ゲスト
長谷川 洋
はせがわ・ひろし
長谷川診療所所長。1970年東京都生まれ。聖マリアンナ医科大学卒業。 2003年より同大学東横病院精神科主任医長。2006年より現職。精神保健指定医、日本老年精神医学会専門医、日本精神神経学会専門医。著書に『よくわかる高齢者の認知症とうつ病』(認知症医療の第一人者である父・長谷川和夫氏との共著:中央法規)、『60歳から知っておきたい 認知症ではなく「うつ」だと知るための50のこと』(徳間書店)がある。

その言動には理由がある
認知症の人の世界を知ろう

知症の人から何度も同じことを聞かれ、「さっき言ったでしょう!」ときつく当たってしまう…。
よくみられるやりとりです。認知症の人の介護は一筋縄ではいきません。
しかし、認知症の人の理解しがたい言動には、それなりの理由があります。 その胸のうちを理解することで、認知症の人も介護する人も心穏やかに暮らすことが可能になります。

改善できない中核症状と改善可能な周辺症状

主な認知症には、もの忘れから始まることが多い「アルツハイマー型認知症」、脳卒中により障害された脳の部分の機能だけが低下する「血管性認知症」、現実にはないものが見える「レビー小体型認知症」、人格の変化や異常行動が現れる「前頭側頭型認知症」の4つがあります。症状は原因となる病気によって種類や程度、現れやすい時期などが異なる場合がありますが、まずは認知症全体としての症状のしくみに注目してみましょう。
認知症の症状は「中核症状」と「周辺症状」の大きく2種類に分けられます(解説1)。
▼中核症状
脳の神経細胞が壊れ、脳が正常に機能しなくなるために起こる症状です。もの忘れを引き起こす「記憶障害」(解説2)、日時や場所がわからなくなる「見当識障害」、状況が理解できず正しい判断ができなくなる「理解・判断力の障害」、段取りがうまくできなくなる「実行機能障害」、言葉が出なくなる「言語障害」などがありますが、中核症状が改善することはほとんどありません。
▼周辺症状 中核症状に本人の性格や身体状況、生活歴、環境などの要因が加わって二次的に現れるもので、行動・心理症状(BPSD)とも呼ばれます。大事なものが盗まれたと思い込む妄想や意欲の低下、暴言・暴力、トイレの失敗など、人により現れる症状はさまざまです。しかし、これらの症状は対応や環境を工夫することで軽減できます。

症状の特徴を理解し認知症の人の立場になってみる

周辺症状を起こりにくくするために、まず知っておかなければならないのは、認知症の人の言動が常軌を逸していても、その人なりの世界があるということです。その世界を理解するためには、認知症特有の症状を理解したうえで、自分の身に置きかえ、認知症の人の世界を想像してみることが大切です。
たとえば、認知症の人は食事をしたこと自体を忘れて「食事はまだ?」と聞くことがあります。本人にとっては食べた記憶がないので、記憶にないことは事実ではありません。
大事なものを盗まれたという妄想もよく現れる症状ですが、本人がそう思ったことは、本人にとっては事実なのです。レビー小体型認知症の代表的な症状である幻覚も同様です。実際にはなくても、本人が見えていることが事実です。
また、職場などで本人が指示されたことを忘れたときに「何度も言いましたよね」などと責められても、言われたこと自体を覚えていないのです。
自分自身に置きかえてみたときに、見えていることを否定されたり、聞いた覚えがないことを忘れて責められたりしたら、どのように感じるでしょうか。
認知症の人はきつく言っても何も感じないと思うのは、大変な誤解です。認知症になると少し前のことを忘れてしまったり、ぼんやりして反応が鈍かったりすることが増えますが、感情を失うわけではありません。プライドや羞恥心もあります。
何度も同じことを聞かれたり、たびたびトイレの失敗が起きたりと認知症による不可解な言動に向き合うのは、ケアをする人にとってつらいものです。しかし、認知症の人を叱ったり、怒りをぶつけたりしても何の解決にもなりません。
とくに「いやな思い」は記憶に残り、症状の悪化や介護拒否につながります。たとえトイレや食事が自分でできなくなっても、プライドも感情もある一人の大人として、尊厳を守って接することが重要です(解説3)。

適切な対処法を知ることとがんばりすぎないことが大切

認知症によって引き起こされる困った言動には、いろいろなものがあります。よくあるケースへの対処法をピックアップしましたので、参考にしてください(解説4)。
最後に、認知症ケアの心得をまとめました(解説5)。これらを理解し、実践することで認知症の人、介護する人双方が心穏やかに日常生活を送ることが可能になります。しかし、介護する人も人間ですから、当然、休息や悩みを打ち明けられる場が必要です。
認知症が進むと、多くの場合、家族だけでは対応がむずかしくなります。家族が認知症の診断を受けたら、介護保険サービスを利用しましょう。利用するには自治体への申請が必要ですが「地域包括支援センター」でも代行できます。本人がデイサービスやショートステイに行っている間は、できるだけ自分のために時間を使いましょう。会社に勤務している人なら、介護休業制度も利用できます。介護のプロに任せたり、積極的に休みをとったりして、負担を軽くすることが大切です。
また、認知症の人やその家族が気軽に交流できる地域の「認知症カフェ」を活用してみるといいでしょう。気持ちが楽になると好評です。
認知症ケアは長期にわたります。疲れ果てるまでがんばらないことと、認知症の人の世界を想像してみることが、結果的に介護する人の心身の健康を守ることにつながるはずです。